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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)168号 判決

原告

ソニーケミカル株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁理士

被告

特許庁長官D

指定代理人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年異議第70190号事件について、平成10年4月2日にした特許異議の申立てについての決定(以下「本件決定」という。)を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年8月15日、名称を「連結シート」とする発明(以下「本件発明」という。)につき、特許出願(特願昭60-179947号)をし、平成8年3月13日に特許登録(特許第2501100号)を受けた。

訴外株式会社スリーボンドは、平成8年11月29日、本件発明について、特許異議の申立てをした。

特許庁は、同請求を、平成8年異議第70190号事件として審理した上、平成10年4月2日、「特許第2501100号の特許を取り消す。」との本件決定をし、その謄本は、同年5月11日、原告に送達された。なお、原告は、平成9年5月19日、本件発明について、特許請求の範囲及び明細書の記載を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)を行った。

2  本件発明の要旨

熱溶融型絶縁性接着剤に導電性粒子を分散させたものであって、異なる基板に設けられた配線パターン同士を熱圧着により接続する連結シートにおいて、上記導電性粒子を上記接着剤に不溶な絶縁性樹脂で被覆したことを特徴とする連結シート。

3  本件決定の理由

本件決定は、別紙本件決定書写し記載のとおり、本件訂正請求が独立特許要件を欠き、本件発明が、特開昭60-115678号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)と認められるから、その特許が、特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであり、同法113条2号に該当するとした。

第3原告主張の取消事由の要点

本件決定の理由中、本件訂正請求の適否に関する判断の結論(その判断の内容は争う。)、本件発明の要旨の認定、本件訂正請求に係る訂正明細書、本件明細書及び引用例の各記載事項の認定は、いずれも認める。

本件決定は、引用例発明を誤認して本件発明と一致すると誤って判断し(取消事由1)、本件発明と引用例発明との同一性を誤認した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  引用例発明の誤認と本件発明との不一致(取消事由1)

本件発明は、本件明細書の記載(甲第3号証2頁右欄40行~3頁左欄35行)によれば、すべての導電性粒子が絶縁性樹脂で全面被覆される態様と、全面被覆粒子と部分被覆粒子とが混在する態様とを包含するものであるが、それらの粒子が全体として絶縁性を示す程度に被覆されていることを要件とし、かような状態を「被覆」と表現したものと解するのが相当である。すなわち、本件発明において、導電性粒子を絶縁性樹脂で被覆するのは、導電性粒子を被覆層が破壊されない限り絶縁性の粒子とするためであり、その結果、隣接する配線パターン間にリークの発生が見られないという効果を生じさせるものであるから、導電性粒子は絶縁性樹脂で完全に被覆されなければならない。

これに対し、引用例発明の被覆の態様は、種々の被覆状態の粒子が混在するにせよ、「前記ゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末8によって前記透明電極4と前記銅箔6とを電気的に接続することができる。」(甲第2号証2頁右下欄16~18行)との記載からみて、全面被覆粒子の数が部分被覆のものより十分に少ない(例えば被覆率が50%より小)か、又は部分被覆の露出度が十分大きい(例えば被覆度が50%より小)状態にあるのであって、本件発明の被覆の態様とは全く逆の関係にあるのである。しかも、引用例では、得られた粉末が絶縁性ゴム樹脂で被覆された状態にあるとの記載又はこれを示唆する記載も一切なく、したがって、引用例発明が、本件発明と同じ意味での「被覆」を意図したものではないことが窺える。

仮に、本件発明において引用例発明のゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末を導電材に用いると、導電材がゴム弾性を有するため熱圧着後は導電材が収縮した状態になるが、この導電材が本件発明のような完全な「被覆」状態にあれば、常に十分な導通が得られるとは限らないから、本件発明では引用例発明のゴム弾性導電性樹脂が使用できないのである。

しかも、本件発明において、「接着剤(1)に対する樹脂で被覆された導電性粒子(2)の割合は1~300重量部が適当である。」(甲第3号証5欄33~35行)とされ、粒子の配合割合の範囲が広いのに対し、引用例発明では、「結合剤100重量部に対し、0.5重量部未満であると、熱圧着時に導通不良が生じ、一方10重量部より多くなると導電性を示し、使用不能となる。」(甲第2号証3頁左上欄1~4行)とされ、配合割合が0.5~10重量部と狭い範囲に限定される理由は、接着(結合)剤に分散させる粒子(粉末)が、前者では絶縁性であるのに対し、後者では導電性である点に帰着すると考えられる。そして、前者の粒子が絶縁性であるのは、とりもなおさず粒子が絶縁性樹脂で被覆されているからであり、後者の粉末が導電性であるのは、上述した意味において粉末が絶縁性樹脂で被覆されていないからである。

この点について、本件決定は、「被覆」の意味を接着(結合)剤に分散させる粒子の作り方が類似することに基づいて解釈している(本件決定書3頁2~17行)。しかし、本件発明において、被覆の過程における使用材料や配合量などを極めて具体的に例示している(甲第3号証2頁4欄41~47行)のに対し、引用例発明では、本件発明と使用材料が全く異なり、導電性粉体2と絶縁性ゴム7の配合割合が示されていない(甲第2号証2頁左下欄6行~同頁右下欄2行)。化学に関する分野では、たとえ処理過程が類似していても、使用材料やその他の処理条件が異なれば結果も異なることは常識である。したがって、両者における分散粒子の作り方が似ているからといって、使用材料その他の条件が異なる限り、得られる粒子の状態が被覆を含めて同一になるとは断定できないのである。

しかも、引用例発明は、導電性粉体を絶縁性ゴム中に分散させて導電性の樹脂組成物を作っており、この段階で樹脂組成物が導電性であることが示されているから、この導電性樹脂組成物を粉砕して作られる粉末も、当然、導電性である。

なお、原告は、引用例発明の実施例で示された導電性樹脂組成物の実施品を作成したところ、それに関する電子顕微鏡写真(甲第13号証)においても、導電性粒子であるカーボンが表面に露出しているのが明白に見え、これを粉砕すれば更に露出部分が増大するものと想像される。

したがって、両発明は、「被覆」の点において相違し、一致する部分は、熱溶融型絶縁性接着剤に導電用粒子を分散させた連結シートで、異なる基板に設けられた配線パターン同士を熱圧着により接続する作用をもつという、既に公知の事項のみであるから、本件決定が、引用例発明について、本件発明と同様に「導電性粒子は接着剤に不溶な絶縁性樹脂で『被覆』されていると解される」(本件決定書3頁16~17行)と判断したことは誤りである。

2  本件発明と引用例発明との同一性の誤認(取消事由2)

ある特許発明が他の特許発明のすべての構成要件を有する場合、技術的範囲において前者が広く後者が狭いということになるが、両者の関係はあくまで広いか狭いかの関係であって、同一とは別個の関係である。2つの発明が同一であるためには、双方の不可欠な構成要件が同じでなければならないと考える。

本件の場合、引用例発明は、本件発明にない「ゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末」を用いること及び「結合剤100重量部に0.5~10重量部分散」させるという構成要件を有するものであり、本件発明の構成要件をことごとく引用例発明が備えるからといって、両者を同一とはいえず、単に前者が後者より技術的範囲が広く後者を包含することを示すにすぎない。

したがって、本件決定が、本件発明を引用例発明であると判断した(本件決定書4頁16~19行)ことは誤りである。

第4被告の反論の要点

本件決定の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

本件決定は、引用例発明の粒子の状態を認定するに当たり、その製造方法を手がかりとするものであり、引用例発明の導電性樹脂組成物の粉砕物が本件発明と同様の手法で製造されていることから、「導電性粒子は接着剤に不溶な絶縁性樹脂で『被覆』されている」(本件決定書3頁16~17行)と理解し、引用例発明には本件発明の「接着剤に不溶な絶縁性樹脂で被覆された粒子」が開示されていると認定したものである。

原告は、この点につき、化学分野では処理過程が類似していても使用材料やその他の処理条件が異なれば結果も異なるから、両発明における分散粒子の作り方が似ているからといって、使用材料やその他の条件が異なる限り、得られる粒子の状態が被覆を含めて同一になると断定できないと主張するが、粉砕は物理的処理であるから、粉砕により得られる粒子の状態については、一定の予測は可能である。

そして、引用例発明の製法により得られる粒子は、全部被覆の粒子や部分被覆の粒子が、その比率は不明ではあるが混合状態で存在する蓋然性が高いと理解される。他方、本件発明においても、「被覆」は、絶縁性樹脂が被覆物を全部覆う場合も、一部に露出部が存在する状態で覆う場合も包含されて使用されるのであり、この点において本件発明と相違するものではない。

また、樹脂組成物のシート自体が導電性を示していても、その粉砕物は必ずしも導電性を示さない場合があるし、同じ粒子であっても、その方向により導電性であったり、絶縁性であったりするのであるから、引用例発明について、導電性樹脂組成物を粉砕して作られる粉末も当然導電性であるとする原告の主張も、理由がないものである。

したがって、この点に関する本件決定の判断(本件決定書3頁15~17行)に誤りはない。

2  取消事由2について

本件決定は、本件訂正請求に係る発明について、接着剤に不溶な絶縁性樹脂で「被覆」された導電性粒子が記載されているとし、さらに、絶縁性樹脂で「被覆」された粒子が接着剤中に分散されていると指摘しているのである(本件決定書2頁19行~4頁3行)から、この点において引用例発明と同一であるとの判断が直ちに導ける。

それと同様に、本件発明の構成要件が引用例発明にはことごとく開示されているのであるから、両発明を同一と判断した(本件決定書4頁16~19行)ことに誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例発明の誤認と本件発明との不一致)について本件決定の理由中、本件発明の要旨の認定、本件訂正請求に係る訂正明細書、本件明細書及び引用例の各記載事項の認定は、いずれも当事者間に争いがなく、本件発明と引用例発明とが、熱溶融型絶縁性接着剤に導電用粒子を分散させた連結シートで、異なる基板に設けられた配線パターン同士を熱圧着により接続する作用をもつ点において一致することも、当事者間に争いがない。

原告は、本件発明が、すべての導電性粒子が絶縁性樹脂で全面被覆される態様と、全面被覆粒子と部分被覆粒子とが混在する態様とを包含するものであるが、それらの粒子が全体として絶縁性を示す程度に被覆されていることを要件とし、かような状態を「被覆」と表現したものと解するのが相当であるから、結局、導電性粒子は絶縁性樹脂で完全に被覆されなければならないと主張する。

この点について、本件明細書(甲第3号証)には、「従来、例えばフレキシブル基板に設けられた配線パターンと他の基板に設けられた配線パターン同士の接続に使用される熱溶融型絶縁性接着剤に導電性粒子を分散させた連結シートとして第4図に示す如きものが提案されている。」(同号証2欄9~12行)、「しかしながら、斯る従来の連結シート(3)においては、フアインピツチパターン同士を接続する場合、隣接する配線パターン・・・間で接着剤(1)中に分散させた半田金属粒子(2)の接触によるリークの発生が生じ、絶縁性が確保できない場合があるという不都合があつた。」(同3欄43~48行)、「本発明に依れば、絶縁性接着剤中に分散させる導電性粒子を接着剤の溶剤に不溶な樹脂で被覆したものとしているので、配線基板同士を熱圧着した場合、対向する配線パターン間では導電性粒子の被覆樹脂層は圧着力で破壊され導電性粒子の直接的接触により電気的接続が確保されると共に隣接する配線パターン間では被覆樹脂層は破壊されず導電性粒子の接触によるリークを発生させないので、隣接配線パターン間の絶縁性が確保され」(同6欄37~44行)と記載されている。

これらの記載によれば、本件発明は、熱溶融型絶縁性接着剤に導電性粒子を分散させた場合、隣接する配線パターン間で接着剤中に分散させた粒子の接触によるリークの発生が生じて絶縁性が確保できないという不都合を技術課題として、導電性粒子を接着剤に不溶な絶縁性樹脂で被覆するという構成を採用することにより、基板同士を熱圧着した場合、対向する配線パターン間では導電性粒子の被覆樹脂層が圧着力で破壊され直接的な接触により電気的接続が確保されるが、隣接する配線パターン間では加わる圧力が小さいため被覆樹脂層が破壊されず、導電性粒子の接触によるリークを発生せずに絶縁性が確保されるという作用効果を達成したものと認められる。

このことと、本件発明の特許請求の範囲の記載においては、単に「導電性粒子を接着剤に不溶な絶縁性樹脂で被覆したことを特徴とする」のみであって、その被覆の態様等については、具体的に何ら規定されていないことを考慮すると、本件発明における「被覆」とは、粒子に対する被覆の程度などの具体的な態様を特定するものではなく、熱圧着した場合、対向する配線パターン間では導電性粒子の接触により電気的接続が確保されるが、隣接する配線パターン間では絶縁性樹脂層により導電性粒子の接触によるリークを発生しないという作用効果を達成できればよいものと認められ、この点に反する原告の主張は採用できない。

他方、引用例発明について、原告は、引用例発明の被覆の態様が、全面被覆粒子の数が部分被覆のものより十分に少ないか、又は部分被覆の露出度が十分大きい状態にあるのであって、本件発明の被覆の態様とは全く逆の関係にあるのであり、本件発明と同じ意味での「被覆」を意図したものではなく、仮に、本件発明において引用例発明のゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末を導電材に用いると、常に十分な導通が得られるとは限らないと主張する。

この点について、引用例(甲第2号証)には、従来例の構成とその問題点として、「端子リード間が高密度になれば、端子リード間同志でショートが生じるなどの問題点がある」(同号証2頁左上欄14~15行)、発明の目的として、「本発明はこのような従来の欠点を除去するものであり、高密度な端子リード間でも電気的接続が確実に行え、信頼性を向上させた異方導電性接着剤及びその製造方法を提供しようとするものである。」(同2頁右上欄1~5行)、発明の構成として、「この構成によって、高密度な端子リード間でも電気的接続が確実に行え、信頼性を向上させた異方導電性接着剤を得ることができる」(同2頁右上欄19行~左下欄1行)、実施例の説明として、「第3図は本発明に用いたゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の断面を示す図である。第3図において、7は絶縁性ゴムである。まず、導電性粉体2を未加硫の絶縁性ゴム中に分散させ、加熱加硫しゴム弾性を有する導電性樹脂組成物をつくった。・・・このようにして得たゴム弾性を有する導電性樹脂組成物を粒径10~15μmに粉砕し・・・第4図に示すような異方導電性接着剤を得た。」(同2頁左下欄6行~同頁右下欄6行)、「外部より熱圧着することによって、前記異方導電性接着剤中の結合剤1が溶融し、前記ポリイミド基板5の銅箔6の間に流れるため、前記ゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末8によって前記透明電極4と前記銅箔6とを電気的に接続することができる」(同2頁右下欄13~18行)、発明の効果として、「本発明の異方導電性接着剤は、導電性粉体を絶縁性ゴム中に分散させてつくったゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末を導電材に用いているので・・・結合剤中に均一に分散させることができ、高密度な端子リード間であっても導通不良やショートがなく、電気的接続が確実に行える。また、導電材がゴム弾性を有するため、熱圧着後は電極間同志を前記導電材が収縮した状態で電気的に接続している。」(同3頁左上欄20行~右上欄10行)と記載されている。

これらの記載及び引用例の第1~第5図によれば、引用例発明は、端子リード間同士でのショートなどを問題点として、高密度な端子リード間でも電気的接続を確実に行うことを可能とするため、導電性粉体を絶縁性ゴム中に分散させてつくったゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末を導電材に用いる構成を採用し、その結果、基板同士を熱圧着した場合、対向する配線パターン間では弾性を有する絶縁性ゴムによる被覆樹脂層が圧着力により収縮し、導電性粒子の接触により電気的接続が確保されるが、隣接する配線パターン間では導電性粒子に加わる圧力が小さいため、絶縁性ゴムによって導電性粒子の接触によるリークが発生せず、隣接する配線パターン間の絶縁性が確保され、高密度な端子リード間であっても導通不良やショートがなく、電気的接続が確実に行えるという作用効果を達成したものと認められる。

そうすると、引用例発明においても、本件発明と同様に、熱溶融型絶縁性接着剤に分散させる導電性粒子を、接着剤に不溶な絶縁性樹脂で被覆したことにより、基板同士を熱圧着した場合、対向する配線パターン間では電気的接続が確保されるとともに、隣接する配線パターン間では導電性粒子の接触によるリークを発生させず、隣接する配線パターン間の絶縁性が確保されるものと認められるから、原告の主張は、引用例の記載に基づかない失当なものといわなければならず、これを採用する余地はない。

また、原告は、本件発明において導電性粒子の配合割合の範囲が1~300重量部と広いのに対し、引用例発明では、配合割合が0.5~10重量部と狭い範囲に限定される理由は、接着剤に分散させる粒子が、前者では絶縁性であるのに対し、後者では導電性である点に帰着すると考えられ、引用例発明は、粉末が絶縁性樹脂で被覆されていないと主張する。

しかし、本件発明は、その発明の要旨から明らかなように、導電性粒子の配合割合の範囲が1~300重量部に限定されるものではないから、原告の主張は、その前提において失当である上、引用例発明が、前示のとおり、端子リード間同士でのショートなどを技術課題としており、導電性粉体を絶縁性ゴム中に分散させてつくったゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末を導電材に用いる構成を採用したことにより、隣接する配線パターン間の絶縁性を確保して、高密度な端子リード間であってもショートがなく電気的接続が確実に行えるという作用効果を達成したものであることを見誤るものであるから、到底これを採用することはできない。

さらに、原告は、本件決定が、「被覆」の意味を接着剤に分散させる粒子の作り方が類似することに基いて解釈している(本件決定書3頁2~17行)ことに関して、化学に関する分野では、たとえ処理過程が類似していても、使用材料やその他の処理条件が異なれば結果も異なることは常識であり、両者における分散粒子の作り方が似ているからといって、使用材料その他の条件が異なる限り、得られる粒子の状態が被覆を含めて同一になるとは断定できないと主張する。

しかし、前示のとおり、本件発明においては、特に被覆の態様を特定するものでなく、まして、その製造方法を限定するものでないことは明らかであるから、その点における引用例発明との相違は、発明の同一性において問題となる余地はなく、しかも、本件発明と引用例発明とにおける導電性粒子の絶縁性樹脂による被覆の態様に差異がないことは、前示のとおりである。さらに、本件決定の当該箇所の述べるとおり、実施例として比較してみても、その粉砕の態様に特段の差異はなく、粉砕により得られる粒子に相違が生じる根拠も認められないから、いずれにしても原告の主張は採用できない。

なお、原告は、引用例発明の実施例で示された導電性樹脂組成物の実施品を作成したとして、その電子顕微鏡写真(甲第13号証)に基づいて、引用例発明では導電性粒子であるカーボンが表面に露出していると主張するが、原告による引用例発明の実施例の1実施品において、導電性粒子の一部が被覆されていないことがあるからといって、このことにより、引用例発明に関する前示技術思想に関する認定が左右されるものでないことは明らかであるから、この主張も採用の余地はない。

したがって、本件決定が、引用例発明について「導電性粒子は接着剤に不溶な絶縁性樹脂で『被覆』されていると解される」(本件決定書3頁16~17行)と判断したことに誤りはない。

2  取消事由2(本件発明と引用例発明との同一性の誤認)について引用例発明には、前示のとおり、本件発明において必須とされる不可欠な各構成要件がすべて開示されている。

原告は、引用例発明が、本件発明にない「ゴム弾性を有する導電性樹脂組成物の粉末」を用いること及び「結合剤100重量部に0.5~10重量部分散」させるという構成要件を有するものであり、本件発明の構成要件をことごとく備えるからといって、単に前者が後者より技術的範囲が広く後者を包含することを示すにすぎないと主張する。

しかしながら、本件発明における不可欠な各構成要件が、すべて引用例発明として開示されている以上、本件発明は、既に公知とされた引用例発明と同一であって、進歩性はもちろん、新規性を欠くことは明らかであり、このことは、引用例に係る出願の特許請求の範囲の記載において、更に具体的な限定が付加されていることによって左右されるものではないから、原告の主張は失当であって到底これを採用することはできない。

そうすると、本件決定が、本件発明を引用例発明であると判断した(本件決定書4頁16~19行)ことに誤りはない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく、その他本件決定に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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